難聴

難聴を努力でカバーしようとしていた頃

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こんばんわ。

今日は自分自身がなかなか難聴であることを認められなかった頃の話です。

私は↓の記事でも書きましたが、30歳の頃から本格的に聞こえについて悩むようになりました。でも当時はなかなか自分が難聴であることを認められなかったんです。

まずは自己紹介というか私の難聴遍歴について
管理人@なんちょらいふです。今後は単に管理人と名乗ると思います。 こういうサイトなので自己紹介といっても趣味と語ってもしょうが...

 

確かに聞こえが悪くなったことは理解できるのですが、音は感じるのに言葉として認識できない、という今となっては当たり前のことなのですが、当時はそれが理解できなかったんだと思います。

音として聞こえているのだから、がんばれば言葉として認識できるはずだという思い込みみたいなものがあり、実際かなり頑張っていたと思います。でも聞くことに集中すればするほど言葉を認識できなくなるんですよね。それもまた自分の努力が足りないせいだと思って、さらに頑張ろうとする。ちょっとした無限ループ、いや、空回りでした。

 

努力

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そして自分自身が難聴を認められないから周囲にも打ち明けられず、人知れず努力の空回りをしていたのが30代前半でした。結局30代半ば頃にシステムエンジニアからプロジェクトマネージャに転進したことで、これ以上難聴をごまかしごまかしやっていくのは無理と判断して、補聴器購入に至りました。

 

難聴持ちの他の方がどう思うかは分かりませんが、私の場合はなぜか頑張れば聞こえるんじゃないかと錯覚していました。聴力も身体能力の一部みたいなもので、筋トレみたいに鍛えれば何とかなるみたいな感覚もあったかもしれません。あと、ごく稀なのですが、体調がいいときなんかによく聞こえてしまうことがあり、そのせいで余計期待してしまうんですよね。

 

あの頃の空回りが全て無駄だったかというとそんなことはなく、自分の聞こえと真摯に向き合った大事な時期だったと今となっては思います。最近は補聴器に頼ってしまい、自分の聞こえにきちんと向き合えてない気がしてこんな記事を書きました。

 

もう一度自分の聞こえに真摯に向き合おうと思う今日この頃です。

 

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